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自己紹介

個人情報

名前

胡田 昌彦(えびすだ まさひこ)と申します。 実名公開中

連絡先

ebibibi@gmail.comまでメールでどうぞ。

職業

(2008/6に記述)東京の某SIer企業でエンジニアをしています。もうちょっと色々勉強して実力をつけたいんだけれども、ちょっと停滞気味なのが悩みです。と、思い悩みながら転職活動などもしてみましたが、自分のしたいことをできる組織を作ろうと、現在自分で新組織立ち上げ中・・・。

(2009/10/28追記) 新組織立ち上げから2年強組織を運営して、結局自分で勉強していくしかないんだ、ということがよくわかった気がしています。あまり悩まずに、地道に努力していくつもりです。

(2012/5/3追記) すっかり会社の中では独自の文化を持った部を確立し、結構好き勝手やってます。「実力をつけたい」と思い悩むこともほとんどなくなりました。自分の伸ばしたい力を伸ばすための時間はプライベートの時間の方により多くとるようになりました。

(2014/02/17追記) 気がついたらマーケティング本部の所属になっていました。とはいっても技術的なことを中心にやっているのは変わっていないのですが、より営業的な動きも多くなり、技術的な事にも応えつつ、サービス開発などにも絡むようになりました。個人サイトでは会社の事は出さずにずっとやっていましたが、自分のブランディングとしては会社の仕事もオープンにしつつ、「仕事の話があれば何でも相談下さい」というスタンスになりつつあります。

(2014/04/01追記) 気がついたら会社の肩書にSystem Centerという製品名が入るようになりました。すでに1年以上System Centerに注力していますが、この先数年はSystem Centerにどっぷりの予定です。セミナー等で喋ることも多くなりました。「Windowsインフラ管理者入門」という本も出しました。外部への露出を増やしていきます。

家族構成

  • 2005年3月に結婚し、2006年1月10日22時52分に娘が生まれました。3人家族です。
  • (2009年1月追記)2009年1月24日12時46分に息子が生まれました。4人家族になりました。
  • (2012年5月追記)2011年9月29日に娘が生まれました。5人家族になりました。嫁さんのずっと前からの夢だった「子供3人」をかなえてあげることができました。

好きな芸能人

江頭2:50

職務経歴

google docsで職務経歴書を公開しています。

情報系経歴

小学校~中学校

小学生の頃MSXのBASICプログラムをかじる、でも、ファイルの入出力が全然理解できなくてまともな物は何一つ作れなかった。PSG3和音で作曲するのが楽しかった。FM音源に憧れていた。この環境は中学時代まで続く。漢字ロムが欲しかった。MSX+,MSX TurboRが欲しかった。x68000,FM-TOWNSが欲しかった。あのころはお金が無かった。やっとの思いでMSXFANを買っていた。廃刊になってしまったときは本当に寂しかった。

高校

高校時代に何とか親を説得し、約30万円でDOS/Vパソコン(PS/V Vision)+プリンターを購入するも、その日のうちにハードディスクのデータが読めなくなりWindows3.1が起動しなくなる。非常に焦る。なぜかは知らないがFormatコマンドを知っていたので、なにもわからず実行する。完全に初期化されて手も足も出なくなる。IBMに電話をするも「新しいパッケージを買ってください」と突き放される。途方に暮れる。

30万もだしてかってもらった物を1日で壊したとは口が裂けても言えないので、必死で勉強して復旧させようとがんばる。苦労の甲斐あって約1月後に復旧させることに成功。気が付くとconfig.sysやAutoexec.batを編集してMac用のCDドライバを組み込んでハイブリッドCDのMac用の領域を読んで喜んだりできるようになっていた。個人的にはこれが一番パソコンを覚えるには早いと思う。さぁ、パワースイッチを連打しよう。もちろんなにが起きても私はいっさい責任を持ちませんが。

高校時代はVisualBasicでプログラムを学ぶ。DirectXもなにもない時代だったので自前でマスクを用意してBitBltを駆使してスプライト機能を自分で作ったりしながらがんばったが、ゲームを作りたかった私には描画速度が絶対的に遅すぎて、まともな物は作れなかった。もちろん技術力が一番足りなかったのだが。

PC-VAN,NeftyServなどのパソコン通信はやりたかったけれども親の許可が下りず叶わぬ夢だった。

無事大学に推薦が決まってからは、「はじめてのC」というC言語の教本を買いC言語を学んだ。悲しいことに友人からは「なにエロ本読んでんだよ」と言われた。思えばこのころまで周りの人たちはパソコンをさわっているだけで怪しい目で見てきたものだ。どうだ、私の方が先を見る目があっただろう!と、こんなところに書いても効果はない。

大学

大学に入ってからは情報学類(って書くとどこだかわかっちゃうなぁ・・・。)でいろいろと学ぶ。・・・予定だった。思い返してみるとほとんど独学で学んだような気がしないでもない。もちろんいろいろと知識は広がったのだが。一番がんばる予定だったプログラムの授業はなぜかいつも居眠りしてしまった。これは私の人生の中でも一番の不思議だ。

しかし、大学は通信環境がよい。生まれて初めて経験するインターネット(ここでは表現の厳密さは気にしないでください)には驚いた。初めて計算機をさわったときにchatを教えられたのは運命だろうか。1年間以上はどっぷり浸かった。授業にも影響した。タイピングが異常に早くなった。いろいろ教わった。

WWWにも驚いた。なかでも一番驚いたのはアンダーグラウンド系だろうか。Hack,Virus,Warez等々恐ろしかった。いろいろ学んだ。悪の道に進まなくて本当に良かった。奇跡だ。

そのうち、バイトもパソコン系の物をするようになった。webpageを作ったり、ネットワーク管理をしたり、管理の甘い会社でglobalIPが余っていたので好き勝手に使ってみたり、なぜかrootのパスワードを教えてもらったりした。perlでCGIを書いたらそのプログラムが国の研究所のサイトで使われたりした。結構すごい世界なんだなと思った。今までのアルバイトとは桁の違う金額をもらった。技術を身につけるといいことがあるんだなと思った。もちろんその金はすぐにパーツに姿を変えたけれども。

いろいろと知識を得てくるとWindows(マイクロソフト)はすごいもの(会社)だということに気が付いた。パソコンっていきなりフリーズしたり、エラーがでるのはあたりまえだと思っていた。だまされた。UNIX系のOSもさわった。こっちはこっちでコマンドを知らなくちゃなにもできないし、管理をするには相当知識が必要なので大変だと思った。昔を思い返してMSXってものすごい物だったんじゃないかと思たりもした。

大学生のうちにフリーソフトを公開して、ちょっとは有名になってみたいと思っていたけれども、結局かなわぬ夢だった。根性が足りなかった。

卒業研究ではデザインパターンについて学んで、マルチスレッドに関するデザインパターンを分類し、系統立てるということを行った。色々勉強したらオブジェクト指向かぶれになってしまった。でもたいしたアプリケーションはつくったことがない頭でっかち・・・。

社会人

素直に進めば、ソフトウェア開発者になるのが妥当だったけれども、プログラミングに関する自分の才能の平凡さはよくわかっていたので、ちょっと変化をつけて、システム管理者よりのことをメインにできる職につく。でも、小さい会社なので、開発にも口も出せるし、いざとなれば部署移動も出来るし・・・。といった感じ。 色々とプロとして技術を学ぶ・・・も、仕事とのめぐりあいの関係で、Windows Serverに知識が偏る。しかも、ActiveDirectoryとExchange Serverにばかり偏る・・・。この分野ではそれなりにいけてるんじゃないかと自分では思っているけれども、所詮はソースコードを触れない身なので、たいしたことは・・・ない。

その後、仕事の幅を持たせるために会社内で自分で組織を立ち上げ、何に対してどのように取り組むかということも含めて試行錯誤しながら実施中。技術力は教えてもらうものではなく、自分で身につける、自分で身につけられる環境を作るものなのだと考えるようになる。 仕事ではプログラミングはほぼ行わず、インフラ系に偏っている。ただし、書き捨てのスクリプトなどはそれなりの量を書く。最もWindowsではじめから動くもの、ということでWSH(vbscript)が専ら。モダンな言語を使いたい。

2010年からはiPhoneのプログラミングにもちょっと手を出す、Objective-Cはそれなりに使えるようになる。仕事ではマイナーな言語にばかり縁があるようだ。少々SharePoint Serverに関わる時期もあったが、SharePoint Serverは製品として好きになれず、関わらないように、関わらないように逃げ続ける時期が続く。守秘義務の関係でここには書けない技術的にDeepな仕事にそれなりの期間関わり、大規模な製品開発の様子を若干覗く。技術的に刺激を受ける時期が続く。

2012年の年末ごろからSystem Centerに深く関わるようになる。会社の方向性ともマッチしたこともあり、SharePointから逃げられることもあり、深くコミットして自分の時間をかなりSystem Centerに使うようになる。

人生設計

子供も生まれたし、日本の経済も怪しいといえば怪しいし。学校ではお金のことは何も教えてくれなかったし。というわけで、必要を感じてお金のことを学び、人生設計を立てようとしている今日この頃。

(2007年1月追記) 2006年中にある程度の人生設計を立てました。子供は3人で、一戸建ても持つ方向で計画中。がんばって稼がないといけません。

(2007年4月追記) 2007年3月に一戸建てを購入し、引っ越しました。また、子供の学資保険にも入りました。今は私があっさり死ぬのが経済的に最もよい状況です。(涙

(2009年10月28日追記) 4人家族で暮らしています。日々の生活を平々凡々と送り、家庭が平和であることがいかに大変かということが身にしみてわかった気がします。家族みんなが幸せであり続けられるように努力します。

(2012年5月3日追記) 5人家族で暮らしています。2006年の段階でたてた計画通りになっています。計画通りの家族構成。計画より若干多い収入。でも子供3人では教育にお金をかけられないのでどうにかしてもうちょっと稼げないか考え中。

(2014年2月17日追記) 5人家族で幸せに暮らしており、そろそろ一番下の子供も大きくなってきました。子供がいて時間がないから…という言い訳をしてできていなかったことも工夫をすれば時間を捻出できることがわかってきました。本の執筆、出版という夢も叶えることができました。願ったことがどんどん叶っています。あとはMicrosoftのMVPになりたいのですが、それも叶えようと思っています。

そうすると、この先大きな人生目標が無くなってしまうので、もっと大きな夢を描きたいなと思っています。

その他記憶に残っている事など

実は昔はスポーツマンだった。(ただし典型的な器用貧乏)

  • 水泳
  • マラソン
  • ソフトボール
  • サッカー
  • バスケットボール(中学部活)
  • 少林寺拳法(高校部活。国体にも出場。)

水泳

水泳は幼稚園から小学校高学年までやってた気がする。初めは面白かったけど、どんどんきつくなってつらかったのをよく覚えている。

よく理解せず「いくせいこーす」に入っていた。そのころは何のことかよくわかってなかったけど、実は「オリンピック選手育成コース」だったことに大きくなってからふと気が付く。親は私をオリンピック選手にしたかったんだろうか?よくわからない。

長い年月ときっとそれなりのお金を使ったんだろうけど本人が目的も目標もない中で継続することだけをしてもいい結果には結びつかないことはこの経験を通して体感した。だから自分の子供にも目的意識ややりがいを感じずになにか習い事をさせるようなことはしたくないと思う。

でも、水泳はできないと命にかかわるケースが考えられるわけでその意味ではやらせてもらってよかったと思う。(けどねぇ・・・。)

マラソン

マラソンは部活等ではなく、毎年のマラソン大会に向けて頑張った。ということ。何も練習しない人も多いと思うが、私は小学校6年生の時にソフトボールで体力が必要だったこともあり、毎朝早く起きて走り込みをするようになった。夏休みに毎日朝5時に起きて小一時間走りこんでから1日が始まるという生活をしていたのをよく覚えている。小学生だから体の成長もあるし毎日タイムを計って、日に日にタイムが良くなっていくのがすごくうれしかった。

さらに、親に買ってもらったばかりの自転車が盗まれるという事件があり、あまりにも申し訳なかったので自転車を買いなおしてもらわずに半年ほど友達が自転車にのっていようとなんだろうと塾に行くのにもどこに行くにも走っていた。そうすると、さらに体力がつき、自信になった。隣のクラスの学級会でマラソンの話でどうやったらいい成績が残せるだろうか?という議題があって「えびちゃんみたいにすればいいんだよ!」って騒ぎになったらしく、それを担任の先生が教えてくれた…というのを覚えている。でも結局私みたいにストイックなことをしていた人はいなかったように思うけれども。

でも、結局大会では2位だった。頑張った充実感と2位になった達成感はあったが、「これだけ頑張っても1位にはなれないのか」という自分の才能の限界、あるいはあきらめのようなものもかなり感じた。走りこむ時間は相当私の方が長かったはずなんだけれども。それでも「きちんと努力すればそれなりのところまでは自分だっていけるんだ」という「やればできる感」は持てたように思う。

ソフトボール

ソフトボールも部活のようなものではなく毎年ある小学校の地区ごとで行う大会のこと。私の地区は小学校から遠かったこともあり(小一時間かかる)運動ができるメンバーがそれなりに集まっていたので毎年小学校では優勝していた。でも、今思えば親が真剣だったから強かったんだろうと思う。大会に向けて3,4か月は毎日練習してたし、親も応援したり、お茶を用意したり色々やってた。

私は小学校5年からピッチャーでレギュラーになって、親父と一緒にたくさん練習した。親父は3交代で不規則な生活をしていたのにあれだけ練習に付き合ってくれたというのは今思えば相当頑張ってくれたんだろうと思う。庭で親父と練習をしていて手が滑って隣の家の窓ガラスを派手に割ってしまったのをよく覚えている。まるで漫画の世界。

そして今でも一番よく覚えているのは私とバッテリーを組んでいたキャッチャーが一時期練習に来なくなってしまったこと。登校班がおなじだったので毎日一緒に学校にいくのだけどそこで話をすると「俺はやりたいんだけど、親がやるなっていうんだよね。」ということだった。つまり、自分の子供がキャッチャーであることが気に入らないらしかった。(私がノーコンなので)ボールをぼこぼこぶつけられるしまるでいじめられているみたいだからやめろ、ということだったらしい。そしてそこの家はちょっとその筋の家だったり(したらしい。子供だったからよくわからなかったけど)。

私は私なりにそいつと話をして「親が言うからやらないなんてそんなの男じゃねーぞ!」ってなことを言ったのだけど、それが色々と伝わって、別の友達のところで遊んでたときにその別の友達の親父が帰ってきて「おまえ『そんなの男じゃない』とかいったらしいな。子供は黙ってろ!!」と言われたのがすごく印象深く今でもよーく覚えている。

結局キャッチャーは復帰して、小学校では優勝して、その次の大会(各小学校から2チームずつ出場しての大会)でそこそこの成績を残すのだけど、「子供のための大会という名目でやってるけど結局大人は大人の都合で動いていて本当の意味で子供のことを考えていないんだな。」ということを感じた。そんな大人にはなりたくないとその時強く思った。…んだけど、いま自分が大人になってどうかな。

サッカー

これは小学校の時にスポーツ少年団でやっていた。しかし、超弱小チームで練習試合含めて1度も勝った記憶がない。いつぞやはキーパーがいなくて私が代わりを務めて、15分ハーフなのに10点以上取られて負けたり、そもそもハーフラインより先にボールを運べなかったり。

そういえば、小6のころには私がキャプテンだった。今思い返してもなんで自分がキャプテンだったのかすら覚えていないけど、他に人がほとんどいなかったのかな?キャプテンらしいことをした覚えは特に無い…。

何事にも理由がある。弱小チームには弱小チームである理由がある。私の所属チームの場合は「練習をまともにしない」ということが理由だった。練習しないんじゃー弱いのは当たり前すぎるんだけど当時はそんなことすらわかってなかった気がする。ほぼ毎日放課後に各自ボールを持ってあつまって、適当に遊んでただけだったと思う。「練習」とおもってたまにやっていたのは「ころがしてシュート」。ボールをゴール側から転がしてただそれを順番にシュートするというもの。そりゃ弱いわけで…。(書きかけ)

バスケットボール

中学の時の部活はバスケットボール部だった。バスケットボール部を選んだのは深い理由があったわけではなく、小学校の時に体育でやっていて好きだったから…程度の理由。女子にはバスケットボールクラブがあったのに男子にはなくて、それであこがれのようなものがあった気がする。

結局中学校ではレギュラーでずっと試合にも出ていたし、それなりに成績も悪くなかったのだけれども、中学時代は私の残念な時期でかなり後悔が沢山残っている。精神的な弱さがずっと出続けた中学時代だった。自信がなくて、シュートが打てない。シュートを外した時のことを考えて、パスしてしまう。そういう中学生だった。

今にして思えば「思春期」の一言かもしれないけれども、中学時代の悩み、苦しみは重かった。今の自分の心の強さのまま中学時代に戻ったら…そもそもバスケ部には入らないかな。

それでも、この時代があるからこそ今の自分があるのだろうとは思う、「人生の屈伸をした時期」の位置付け。

ちなみにシュートはよく入りました。蜂に手の指を刺されるまでは・・・。

少林寺拳法

中高一貫校だったので、中学3年でバスケ部を引退してから中3の残りと高校3年間は少林寺拳法部に在籍した。中学時代にチームプレイの競技がものすごく嫌になったので、個人で頑張る印象がある武道をやりたかったのと、精神的に弱かった自分は強くなりたかったのだろうと思う。

今振り返るとこのときに少林寺拳法部を選んだのは非常に、非常に良かった。心身共に鍛えることができ、自分に自信を持つことができるようになった。競技人口が少なく、大会といえばいきなり県大会からはじまるような状況でしたが、関東大会、全国大会にも出場しとてもよい経験になった。

少林寺拳法は宗教の色合いもあるが、高校の部活なのでそういう部分はごく控えられていた。それでも教本を読んで昇段試験では筆記試験などもあった。その中で「力愛不二」という教えがありこれは15年以上たった今でもよく覚えている。以下はWikipediaからの引用。

力愛不二 - 「愛を伴わない力」は暴力であり、「力を伴わない愛」は無力である。(力と愛は2つではなく、一つなのである。)

高校の部活で少林寺拳法をやることで、色々と安定した。学校の中でも異端の部活だったけれども、そこに誘い入れてくれた人、続けさせてくれた人には感謝をしている。

というわけで、喧嘩をしても素人には負けない自信あり。

音楽

実は中3~高3の4年間バンド活動などしていた。担当はベース。今でも子供が大きくなったら一緒にやろうと思ってGibsonのレスポールがしまってある。小さいころピアノを5,6年ほど習っていたおかげである程度の音感がある。相対音感はあると思う。絶対音感…は昔あった気がするけど、バンドで半音下げチューニングの曲ばかりやっていたら半音ずれてても違和感がなくなってしまった。

作曲なんかも好きで昔はDTMをやっていたり、今までに何曲か作っていたりするんだけどやるたびに自分のセンスのなさにがっくりしてしまう。けど好き。

資格

(資格は職務履歴書の方に書くことにしたので削除)

胡田の特徴

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かすという本を読みStringthsFinderをやってみました。非常にあたっていると感じたので貼り付け。

Achiever/達成欲

「達成欲」という資質は、あなたの原動力を説明する助けになります。達成欲は、何かを成し遂げたいという恒常的な欲求を示しています。あなたには、毎日がゼロからのスタートのように感じられます。あなたは自分自身に満足するために、一日が終わるまでに何か具体的ことを成し遂げなければなりません。そしてあなたにとって「毎日」とは、平日も週末も休日もすべてを含めた一日一日を意味します。休みを取ったとしても、何も達成することなくその休んだ日が過ぎてしまうと、あなたは不満に感じるでしょう。あなたの中にある炎が、次から次へとあなたを行動に駆り立てます。一つ何かを成し遂げるとその炎は一瞬しずまりますが、またすぐに燃え出し、次の目標へまた次の目標へと、強制的にあなたを前進させ続けます。達成に対するあなたの執拗な欲求は、必ずしも論理にかなっていないかもしれません。方向すら定まっていないかもしれません。しかし、飽くことを知らず常にあなたについて回ります。達成欲の旺盛なあなたは、このわずかに満たされない気持ちとうまく付き合っていけるようにしなければなりません。なにしろ、この気持ちにはそれなりの利点があるのです。長い時間燃え尽きることなく働くために必要なエネルギーを、あなたに与えてくれます。新しい仕事や難しい仕事に取りかかる時、いつでも頼ることができる起爆剤なのです。これがエネルギーの源となって、あなたは職場のチームが働くペースを設定し、生産性のレベルを定めることができます。これが、あなたを動かし続ける資質なのです。

Focus/目標志向

「私はどこに向かっているのか?」とあなたは自問します。毎日、この質問を繰り返します。目標志向という資質のために、あなたは明確な行き先を必要とします。行き先がないと、あなたの生活や仕事はたちまち苛立たしいものになる可能性があります。ですから毎年、毎月、さらに毎週でさえ、あなたは目標を設定します。この目標はあなたの羅針盤となり、優先順位を決定したり、行き先に向かうコースに戻るために必要な修正をする上で、あなたを助けてくれます。あなたの目標志向は素晴らしい力を持っています。何故ならそれはあなたの行動をふるいにかけさせるからです。――すなわち、特定の行動が目標へ近づくために役に立つかどうかを本能的に評価し、役に立たない行動を無視します。そして最終的に、あなたの目標志向はあなたを効率的にさせるのです。当然ながらこの裏返しとして、あなたは遅れや障害や、例えそれがどんなに興味深く見えようとも本筋から外れることにいらいらするようになります。このことは、あなたを集団の一員として非常に貴重な存在にしています。他の人が脇道にそれ始めると、あなたは彼らを本筋へ連れ戻します。あなたの目標志向は、目標に向かって進むために役に立っていないものは重要ではないということを、あらゆる人に気付かせます。そしてもし重要でないなら、それは時間を割く価値がないということです。あなたは、あらゆる人を進路から外れさせません。

Responsibility/責任感

あなたは責任感という資質により、自分がやると言ったことに対しては何でもやり遂げようという強い気持ちを持ちます。それが大きかろうと小さかろうと、あなたは完了するまでそれをやり遂げることに心理的に拘束されます。あなたの良い評判はそこから来ています。もし何かの理由であなたが約束を果たせない時、あなたは相手に対してそれを何らかの形で埋め合わせる方法を無意識に探し始めます。謝罪では十分でありません。言い訳や正当化は問題外です。あなたは埋め合わせが終るまで、生きた心地がしません。このような良心、物事を正しく行うことに対する強迫観念に近い考え、非の打ち所がない倫理観、これらがすべてあいまって「絶対的に信頼できる」という高い評判を生み出すのです。人が新しい責任を誰かに任せる時、まずあなたに目を向けるでしょう。あなたがその責任を必ず果たすことを知っているからです。人々があなたに助けを求めてくるとき――すぐにそうなるでしょうが――あなたは選ぶ目を持たなければなりません。進んで事に当たろうとするあまり、できる範囲以上に仕事を引受けてしまう場合もあるからです。

Learner/学習欲

あなたは学ぶことが大好きです。あなたが最も関心を持つテーマは、あなたの他の資質や経験によって決まりますが、それが何であれ、あなたはいつも学ぶ「プロセス」に心を惹かれます。内容や結果よりもプロセスこそが、あなたにとっては刺激的なのです。あなたは何も知らない状態から能力を備えた状態に、着実で計画的なプロセスを経て移行することで活気づけられます。最初にいくつかの事実に接することでぞくぞくし、早い段階で学んだことを復誦し練習する努力をし、スキルを習得するにつれ自信が強まる――これがあなたの心を惹きつける学習プロセスです。あなたの意欲の高まりは、あなたに社会人学習――外国語、ヨガ、大学院など――への参加を促すようになります。それは、短期プロジェクトへの取組みを依頼されて、短期間で沢山の新しいことを学ぶことが求められ、そしてすぐにまた次の新しいプロジェクトへに取組んでいく必要のあるような、活気に溢れた職場環境の中で力を発揮します。この「学習欲」という資質は、必ずしもあなたがその分野の専門家になろうとしているとか、専門的あるいは学術的な資格に伴う尊敬の念を求めていることを意味するわけではありません。学習の成果は、「学習のプロセス」ほど重要ではないのです。

Analytical/分析思考

分析思考という資質を持つあなたは、他の人に「証明しなさい。あなたの主張がなぜ正しいのか示しなさい」と強く要求します。このような詰問を受けると、自分の素晴らしい理論がもろくも崩れ落ちるのを感じる人もいます。これがまさしく、あなたの意図するところです。あなたは必ずしも他人のアイデアを壊したいわけではないのですが、彼らの理論が堅固であることを強く求めます。あなたは自分自身を、客観的で公平であると考えています。あなたはデータを好みます。データは人々の考えに左右されず、ありのままだからです。あなたはデータを見ると、パターンと関連性を捜し出します。一定のパターンが互いにどのように影響するのか、どのように結びつくのか、結果はどのようなものかを理解しようとします。そしてその結果が、提示されている理論や目の前の状況にふさわしいかどうかを知ろうとします。これがあなたのやり方です。あなたはこれらの点を一つずつ明らかにして、根本的な理由を探し当てます。人はあなたのことを論理的で厳格であると見ます。その人達は、いつかあなたのところにやって来て、誰か他の人の「非現実的な考え」あるいは「整理されていない考え」を話し、あなたの研ぎ澄まされた思考から見た考えを聞くでしょう。あなたの分析結果を伝える時、できれば決して厳し過ぎないようにしましょう。さもないと、その「非現実的な考え」が彼ら自身の考えである場合、その人はあなたをわざと避けるようになります。

自己紹介.txt · 最終更新: 2014/04/01 20:04 by